H25年度インタビュー第4回
●塚本 レイ子(つかもと れいこ)さん
不動産賃貸借管理業として、本社のある永田町「塩崎ビル」のほか3つのビルを経営。また、山梨県でワイナリーを経営する傍ら、東京商工会議所1号議員として、環境委員会、観光委員会、国民健康委員会に所属するなど幅広く活躍。「私は高校時代まで田舎の自然環境の豊かな場所で育ちましたし、祖父が漢方医で東洋医学を学んでいましたから、食べ物にしろ暮らしにしろ自然を大切にする考え方が身についてきました。それに結婚相手が130年続くワイナリーの持ち主でしたから、これもまた自然相手の仕事です。こうした背景が賃貸ビルの経営でも『自然と共生する』ことがテーマになっています」。
【塩崎ビルの建物概要】
延床面積:7,782m2
階数:地上7階、地下2階(現在は地下2階を塩崎ビル本社事務所として使用)
竣工:1963年9月、1971年増築。その後、受変電設備、給排水設備、エレベータ設備、
冷暖房空調設備の改修・更新等を重ねて現在に至る。竣工後50年経過。
診断受診日:2013年5月2日
今回のインタビューでは、オフィスビルの省エネ対策について紹介します。クール・ネット東京が実施した省エネルギー診断の報告書では、賃貸ビルである塩崎ビルのCO2排出原単位は58.0kg- CO2/m2・年で、東京都のオフィス系テナントビル(5,000m2以上15,000m2未満)の平均値73.6kg- CO2/m2・年(データ数901)と比べて20%以上も低い数値となっています。こうした地球温暖化防止、省エネ対策の実績があげられている理由についてお聞きしました。
――塩崎ビルさんは50年を経過した比較的古いビルにも関わらず、CO2排出原単位やエネルギー消費原単位は平均より低く、診断に当たった診断員から高い評価を得ています。この点について、ビルの経営者としての考え方をお聞かせ下さい。
塩崎ビル正面入口
塚本 具体的な数値や対策はともかくとして、やはりビル経営の姿勢や考え方が強く影響していると思います。
じつは、東京大学名誉教授で日本の美学、中世哲学がご専門の今道友信先生が定年退職してからずっと2012年まで25年間、このビルに事務所をもたれていました。「哲学美学比較研究国際センター」という研究所をここで創設されて、世界各国の研究者がしょっちゅう出入りしていました。
何より今道先生の話をお聞きする機会が多くて、先生の提唱する『エコエティカ』(生圏倫理学)という考え方に感化され、私の基本コンセプトになっています。生命倫理、環境倫理や技術倫理などを統合した「人類の生息圏の規模で考える倫理」という意味だそうです。
若い人には、中学3年の国語教科書に出てくる『温かいスープ』という文章の作者という方がなじみがあるかもしれませんね。
――そうした環境への考え方が基本となって「入居者への快適な環境の提供」と「ビルの省エネ」が同時に成立し、うまく結びついているわけですね。
塚本 そうですね。もう35年以上も前から、一か月に1回(法令上は2か月に1回)の各フロアの環境測定はもとより、エネルギーに関するデータも蓄積しています。診断員の方にも「設備、資料等の管理は十分」とお褒めいただきました。
こうした中で、設備の近代化とエネルギーの無駄の排除を目的に、計画的に設備更新を進めてきました。受変電設備の更新や光ケーブルの設置、内装・給排水設備の改修、エレベータ設備の更新などです。とくに2004年には、それまでセントラル空調だったものをビルマルチ、いわゆる「省エネ個別空調システム」に更新してテナントさんの便宜を図ると同時に、その他の設備も含めてオール電化にしました。
――なるほど。それでボイラーや冷凍機などの機械室が不要になって、本社事務所をこの地下2階に?
管理事務所は地下2階
塚本 ええ、普通、中小ビルでは家主は一番てっぺんにいるんですけどね。テナントさんの利便性を考えて、私どもの事務所はとうとうここ地下2階まで引っ越しちゃいました(笑)。1日24時間のうち3分の1以上、時には半分くらいここが生活の場になるわけですから、ここの空気環境が健康問題にも関わってきます。そこで地下1階と2階の換気設備は集中式全熱交換器を採用しています。地下の空気環境が良好に保たれていれば上の階は大丈夫ですから、その点皆さんには喜んでいただいています。
――一般にビル管理というとビルメンテナンス会社に委託するものですが、資料によると自社で管理部門を抱えていると書かれています。
塚本 はい。私は自分で仕事をしていて、人任せにするのは嫌いだったの(笑)。自分のビルとして、自分が生活する住宅と同じくらいの重みでビルを管理すれば、大勢の人が利用するビジネス環境という意味でも社会的な意義がありますし、お客様に喜んでもらうために必要だと思っています。ビルヂング協会の中には「そこまでしなくても」とおっしゃる方もいますね。
――ご専門の方は?
塚本 ボイラーを設置していた時はボイラー技術者がおりましたが、現在は管理部と機械部に分けて専門の担当者をおいています。それに、ビルの衛生管理技術者(建築物環境衛生管理技術者)の資格は私も持っておりますし、職員全員に取得させました。
――ビル全体の省エネというか節電状況はいかがでしょう。
デマンド監視装置で「見える化」
塚本 デマンド監視装置を設置して「見える化」を実施しています。契約電力は以前は500kWでしたが、現在は329kWに低減させました。電力量は動力と電灯・コンセントに分けて計量しています。どれだけ削減できたかを、2011年は震災の年で特別ですから、2010年と2012年で比べてみましょう。同じ年の8月~翌年1月までの半年間の比較です。ちょうど2012年7月末にテナント部分のFL蛍光灯をすべて直管型LED照明に更新しましたから、その前後の比較にもなります。
2010年の総電力量が705,360kWhで、電灯・コンセントが425,201kWh、2012年が同じく595,516kWhと379,795kWh。ですから半年間の総電力量で約11万kWh、電灯・コンセントで約4万5千kWhの削減となっています。夏の気温や入居率など変動要素はいろいろありますが、電灯・コンセント部分の削減はほとんどがLEDへの更新によるものでしょうし、デマンド管理等で全体の電力使用量は確実に減っています。
――テナントさんの光熱費はどうなっているのでしょう。
塚本 光熱費はテナントさんごとに個別のメーターを設置してあり、共用部分は坪数に応じて割り当てます。それで使用量に応じた請求書をお出しするのです。ですから、テナントさんは自分たちが使った分だけ支払う必要があるわけで、それぞれ省エネや節電に努力なさっています。
――LED照明への更新による効果が大きかったようです。具体的にはどのような手順で?
LED照明への更新で交換の手間も削減
塚本 やみくもに全部取り替えたわけではありません。初期投資が高いですから効果を試すということで、1年ほどかけて会議室の一室にLED照明を設置してメーターを付け、消費電力を測定しました。
LEDの照明器具もいろいろあり、照度も消費電力も違います。照明は執務環境に関わりますから、実際に見ていただいてデータを提供し、どれを採用するかの判断はテナントさんにお任せしました。それと、ロビーや廊下などの共用部分は、必要照度の100ルクスを確保する前提で間引きを実施しました。こうした対策の結果が約50%の照明電力の削減に繋がっています。
――LED照明は寿命も長いですね。
塚本 とても重要なことですね。寿命は当然、投資回収に影響しますが、それと同時に蛍光灯交換の人的労力の削減と廃棄物削減に繋がります。じつは毎年、少ない時で月に十数本、多い時で40本以上の蛍光灯を交換していました。2010年は年間314本です。ところが2012年7月末にLEDへの交換をしてからは、まだ照明の交換は1本もありません。
――そのほかに特徴的な省エネ対策はなさいましたか。
塚本 屋上に高反射塗料、いわゆる遮熱塗料を塗布して夏の空調負荷を低減できたことです。日中の屋上の表面温度が塗布していない場所と比べて10℃ほど下がっており、屋上の熱貫流負荷が30%低減しました。これは環境省の補助金を利用したもので、補助率は2分の1でしたから初期投資の削減になりました。こうした環境に対する補助金制度をうまく利用することも省エネを進める上で大切なことです。
――今後の省エネや環境問題への対応について抱負をお聞かせ下さい。
塚本 はい。古い設備の更新は一区切りしましたので、今後は「省エネルギー診断書」の改善提案に掲載された、エネルギー管理体制の強化や給湯運転時間の見直し、外気導入量の抑制など運用改善をテナントさんと協力しながらさらに進めていくつもりです。
じつは今私どもに一番に要求されているのは災害時対応なのです。この塩崎ビルは地下鉄永田町駅の出口前、特定緊急輸送道路に指定された国道246号線に面して建っています。2011年3月11日の震災時もこの道路は帰宅困難者であふれかえりました。こうした緊急時のために防災用の自家発電装置を設置しました。これは灯油を使うものです。それと皆さんトイレに困るわけです。2日間、2,500人分の水洗用水を確保しました。
――現在、耐震補強工事中とお聞きしました。
塚本 東京都は2011年3月18日に「緊急輸送道路沿道の建築物については2015年度までに耐震化率を100%とすることを目標とする」ことを決めたのです。その社会的な責務を果たすことと、テナントさん、通行人の方々の「安心」「安全」を確保するために耐震補強工事を実施することにしました。この補強工事は、耐震強度はもちろんですがデザイン性も重視して、視界を遮らない「ISGW耐震補強壁」と呼ばれる工法を採用しています。
――東京都心の塩崎ビルならではの対応ですね。最後に何か?
塚本 竣工してからちょうど50年経過しました。この間、テナントさんが安心して快適に過ごせる空間を提供するために設備更新、改修に取り組んできました。こうした意味では省エネ改修も耐震補強も目的は一緒といえます。
私は仕事上、ヨーロッパに良く行きますが、ヨーロッパには築500年の建物もあります。古くなったから建て直すのではなく、そこには長く使うための工夫がこらされています。ビルを壊して建て直すには多くの資源やエネルギーを必要としますし、廃棄物も発生します。ヨーロッパとは事情が異なりますが、建物が古くなったとしても、頑丈で、時代に合った機能性を提供していきたいですね。この建物で「これからの40年も。」がこれからの私たちのテーマです。
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