過去インタビュー詳細 令和元年度インタビュー(全3回)vol2

――科学的な知見や学術的な知見で客観的に影響の大きさを示すことで、変化を起こすことはできるのでしょうか?

江守 確かに多くの人々は客観的なデータや科学的な事実を示されることで納得できるのかもしれません。しかしそこには落とし穴があります。例えば一つのデータについていくつかの解釈が出てきた時に、いったい誰の言っていることが正しいと判断すれば良いのでしょうか。あるいは、いくつかのデータの選び方や組み合わせ方によって、聞く人に全く違った印象を与えることができるかもしれない。このように客観的なデータや科学的事実というものも、実は非常に不確かなものと考えています。そのデータを見て何を信じるか、あるいは誰が言っていることを信じるか、という点で結局は価値観の問題を避けられないのです。

――科学技術あるいはビジネスモデルといった様々な問題解決への貢献の方法があると思いますが、日本が特に貢献できる分野はなんでしょう?

江守 私の専門分野ではないですが、自動車などモビリティ領域では日本が活躍できるフィールドがあると期待しています。今、自動車業界はいち早く「モビリティ・カンパニー」にならないといけないと言われていますね。これまでずっと「自動車製造業」だった訳ですが、「モビリティ・カンパニー」にならないと生き残っていけないと大きな変化を志始めている。これを本当に日本がリードし続けられるかは分かりませんが、リードし続けて欲しいと思っているし、そのポテンシャルはあるんじゃないかと考えています

経済産業省と国土交通省では、新たなモビリティサービスの社会実装を通じた移動課題の解決及び地域活性化を目指し、新プロジェクト「スマートモビリティチャレンジ」を始動している
出典:スマートモビリティチャレンジ

 モビリティの場合には、気候変動の問題以外に、自動運転とか、カーシェアリングとか、IoTやAIの活用といった話が同時に出てきているので、誰が見ても変化が必要なことは明らかで、実際にそれが始まっています。他にも様々な日本の大企業が、これから生き残っていくために、同じようにビジネスモデルの大転換が必要とされているイメージを持っています。

 分かりやすい事例として思い浮かぶのが「デジカメ革命」ですね。「デジカメ革命」が起きて、フィルムが売れなくなった。フィルムが売れなくなったときに、一部のフィルム会社は、化粧品など自社の技術を生かせる他分野に事業領域を拡大し、成功していると。一方で、そうしたトランスフォーメーションができなかった企業は、経営難に陥った。同じように、自動車製造業は「モビリティ・カンパニー」へのトランスフォーメーションを目指していますが、おそらく今後はエネルギー業界にも、再生可能エネルギー(再エネ)への転換や、再エネの活用も念頭においた「総合エネルギーソリューションプロバイダー」へのトランスフォーメーションが求められると思います。たぶん、あらゆる領域でそうした変化が求められ、国際競争になっていくと思いますが、その中の代表例としてまず「モビリティ」に注目しています。

――気候変動問題の解決に向けて、どのような技術イノベーションやビジネスモデルのトランスフォーメーションが必要でしょうか?

江守 日本政府は、気候変動問題の解決に対して「革新的環境イノベーション」による国際社会のリードを目指しています。次世代太陽光や次世代バッテリーといった技術革新が求められる領域では激しい国際競争が始まると思いますが、さらに政治的に注目されているのは「水素」と「CCUS(※1)」ですね。ただ、私はこれについて若干懐疑的です。

 水素に関しては、貯蔵や輸送に必要となる技術やインフラが低コストで利用できるよう、早期にそれを実現することが求められます。ただ、そのためにCO2を排出しない再エネ由来の水素を大量に使用しようと思ったら、まず安価な再エネが十分に用意できないといけないですよね。そこを飛ばして水素の話をしても、そこは「枝葉」なんじゃないかと考えています。実現すれば大きなアドバンテージになりますし、日本が先駆けて国際競争で勝つことはもちろん一つのストラテジーだと思いますが、水素に注目され過ぎると「幹」となる再エネの主力電源化や、そのための送電網の強化が後手に回ってしまうことを懸念しています。

水素の製造方法は、再エネ電気を活用したものだけでなく、化石燃料を触媒として製造する方法や製鉄所の副産物など、必ずしも気候変動対策と直接結びつかないものも存在している。
出典:水素エネルギーナビ

 CCUやCCUSも似たようなところがあって、イノベーションとして期待されていますが、やはりこれも技術的なオプションとしての「枝葉」だと考えています。CO2を原料として素材や燃料を作るという話もありますが、やはり安い再エネ電源が先に整っていないとゼロ・カーボンで大気中からCO2を吸収することはできません。だから気候変動対策としての「革新的環境イノベーション」について注意して見ているところはありますが、もちろん日本がテクノロジーで貢献できることは大きいと思います。ただ「デジカメ革命」の事例で説明した通り、こうしたイノベーションの推進はビジネスモデルのトランスフォーメーションも同時に必要とされるため、それを無視して議論を進めることはできないと考えています。

――こうした新しいテクノロジーの社会への実装を考える時に「地域」というフィールドがあると思います

江守 テクノロジーが進むことで地域の人々も、その地域に生きやすくなると思います。例えば「マイクログリッド(※2)」で地域のエネルギーを自給自足してしまうとか、郵便サービスがないような地方でもドローンがサービスを代替し生活必需品が届くとか、自動運転で外出困難な方も比較的容易に街中へ出かけられるとか。上手くテクノロジーをつかって地域のコミュニティを形成していけると思います。

 また最近は、特にエネルギーの自給自足に関連して地域で経済を循環させていくことが考えられていますね。今まで地域の外からエネルギー燃料などを調達してきたため、地域のお金がどんどん域外へ流出していましたが、それを地域内で循環させようとする流れには注目しています。環境省では「地域循環共生圏」という経済や資源の循環のあり方を推進していて、都市と地方の間でも連携しながら上手くエネルギーや人々が行き来することによって、共に住みやすい地域になっていくというビジョンはもっと進めていくべきだと思います。

各地域が地域資源を最大限活用しながら自立・分散型の社会を形成しつつ、地域の特性に応じて資源を補完し支え合うことにより、地域の活力が最大限に発揮されることを目指す「地域循環共生圏」の考え方。
出典:地域循環共生圏ポータルサイト

――こうした地域での技術や科学的知見の実装が進むためには、研究者と一般の市民の間でどのようなコミュニケーションが必要でしょうか。

江守 国立環境研究所では「社会対話・協働推進オフィス(通称:対話オフィス)」を設け、私はその代表を努めています。今までの広報では基本的に研究所のことを外側に発信する機能を担っていましが、対話オフィスでは双方向的なコミュニケーションを生み出そうとしています。そこで大事にしていることは、研究所が発信したいことだけでなく、その外部の人々の知見や意見、疑問をヒアリングする姿勢でコミュニケーションすることを心がけています。

 例えば講演会をやって質問が来ると、質問の意図がよく分からず、思わず「もっと勉強してから質問してください」と言いたくなるような場面があったりします(笑)。そうした中身をよく分かっている人の質問しか応えたくない、というような態度が従来の専門家にはありがちでしたが、よく分からない質問をされても「それは何なんだろう、何かが言いたいんだな」と専門家の側が想像を膨らませることを含めて、自分たちの専門分野でなくても広く社会の声に耳を傾けないといけない。そうすることで研究内容を社会に活かしていくための新しい発想を得たり、研究所と社会の信頼関係を結ぶ役割を果たしたいと考えています。地域と科学を結ぶことにおいても似たような役割が必要だと考えていて、異質なものから謙虚に学ぶ姿勢というのが、多様なものを結びつける際に重要だと感じています。

――気候変動もまさに様々な分野が関わる課題領域と言えます。先ほどモビリティの話が出てきましたが、昨年12月に発表された「ゼロ・エミッション東京戦略」では資源循環分野も気候変動領域に本格統合する方針が打ち出されました。他にもこの問題の解決で忘れてはならない関連分野がありますでしょうか。

江守 私もついボリュームの大きいエネルギーのことばかり考えてしまいますが、最近話題となっているのは農業・食糧分野ですね。肉を食べることはCO2やメタンを大量に排出するということで、様々な肉の代替品も出てきていますが、個人的には人工肉だろうが、培養肉だろうが、昆虫食だろうが、安くて美味しいければみんな食べるんじゃないかと思います(笑)。だから、これも「気候変動問題の解決のために美味しいものを我慢しなければならない」と考えると非常にネガティブで多くの人は乗ってこないと思うし、食生活の転換を提案する方もやりにくいと思います。理想は、いつの間にか常識が変わっていましたというように、CO2やメタンを排出しない食の生産と消費のスタイルが広まっていくことですかね。

――これまで気候変動の問題の解決に向けて、将来の影響を緩和するために必要な変化について伺いました。一方で、台風や豪雨などすでに発生している影響への対応では、どのような変化が求められるのでしょうか。

江守 昨年の台風19号で、多摩川が一部氾濫し、荒川はギリギリ持ち堪えたと報じられていましたが、もし荒川が氾濫していたらどうなっていたでしょうか。最近、江東区など荒川周辺の区で発行したハザードマップでは、「ここにいてはダメです」という直接的な表現を使って、もしもの場合の備えを強く呼びかけています。万が一、利根川・荒川氾濫が起きた場合には、「首都圏水没」が現実のものとなって、大勢の人口が23区外や時には都外に移動しなければならないかもしれないと言われています。

江東5区広域避難推進協議会では、水害発生時に区外へ避難する必要性について「ここにいてはダメです」と直接的な表現を用いて強いメッセージを発信している。
出典:江東区

 気象災害の場合、地震と違うのは「予報がある」ということです。しかし、台風19号の時を思い出してもらえたら想像できるかと思いますが、二日後の最悪のシミュレーションが予報として出たとしても、いったいどれだけの人が前もって避難するでしょうか。直前になってしまったら、道路は渋滞しているかもしれないし、電車も止まっているかもしれないし、避難できない可能性が高まる。だから、かなり前もって避難しないといけないが、思ったよりも勢力が弱かったり、少し逸れたりして、予報が空振りに終わるかもしれない。一般の健康的な大人ならともかく、お年寄りや病気の方、特に病院で人工透析している方などは、予報の信頼性に対するかなりシビアな判断が求められる。現在、様々な防災関連の会議ではそうした広域避難の検討が進んでいますが、より多くの命を守るためのとても重要な問題です。

――最後に、今後も気候変動の問題について講演や情報発信をされるかと思いますが、その中で伝え続けていきたいものを教えてください。

江守 今回話したような内容ですね(笑)。対策分野の専門家ではないので、具体的な政策的な主張はありませんが、私自身が気候変動問題の解決へ向けてできることがあるとすれば、問題解決のための議論が健全に、そして活発になされるために、少しでも多くの人に実感を伴った関心を持ってもらうことです。そうして関心を持った人々が、そもそもの科学についてよく分からないという時は必要な情報提供という形でお手伝いしたり、科学を説明していくことが自分の貢献できることだと思っています。また、自分も一市民のつもりでこの問題に関わっているので、一市民として例えば石炭火力発電所はこれ以上建設するべきではないと思うし、若者のアクションにも一人の子どもの親として共感をする。そういった発言は、これからも続けていきたいと思います。

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