店舗が「地域にとってのギフト」であることを目指して
――これまでのお話から、各店舗の建物の設計だったり、店舗の運営状況、あるいは周辺環境似合わせて各店舗で創意工夫しながら気候変動対策やサステナビリティの推進に取組まれている様子が伺えました。こうした事業としても、また気候変動対策としても「現場」となっている店舗を拠点として、お客様や周辺地域との関係性はどのようなものでしょうか?
篠 元々、我々の店舗は「地域にとってのギフトになる」ことを目指しています。各店舗は、地域の人々に「パタゴニアがあって良かった」と言っていただけるるように、周辺地域との関わり方についても考え、それぞれの形で取組んでいます。
パタゴニアのキャンペーンは、グローバルで実施するものから、ローカルなものまで様々なレベルで実施していますが、地域で取組むべきことはその地域にある店舗が行動し、発信しています。地域という面でも店舗が「現場」となり一番状況が見えていますので、トップダウンでコントロールするよりは、本社はサポート側に回り、環境社会部、マーケティングと連動しながら店舗を拠点としたアクションを行い、発信を行っています。
中村 渋谷ストアのあるキャットストリートでは、周辺の店舗スタッフや有志が集まってごみ拾いをする活動や、落ち葉コンポストを運営するコミュニティがあります。そういったところに参加して共通の趣味であるスノーアクティビティの話をしたり色々と雑談をしたりという機会が生まれています。そんな会話の中で、近年雪が減っているとか、どうやったらもっとごみを減らせるか、気候変動やサステナビリティについても話題として持ち上がったりします。
キャットストリートを中心に活動を展開している「530eek」
20-30代の若い活動家が集まり、「ゼロ・ウェイスト」をコアコンセプトにして地域を盛り上げながら持続可能な社会を目指している。
(出典)530week
篠 最近(取材を受けた2020年3月時点)も雪が少ない状態が続いていますが、やはりアウトドア企業としてスタッフもお客様もスキーやスノーボードをする方々も多く、「自分たちの遊び場がなくなってしまう」ということに気候変動の問題を自分事として考え始めている方も少なからずいらっしゃるのではないかと思います。
気候変動が要因になっていることや、自分たちができることは何か、といったことをパタゴニアからも投げかけることで、お客様や周辺地域の方々とも協力してこの問題に取組めるように努めています。
――アウトドア企業としての本来の事業活動の中では、お客様や地域とどのようなコミュニケーションをされているのでしょうか?
篠 これまでお話してきた通り、自分たちのビジネスはアウトドアスポーツウェアやギアを製造販売することですが、ミッションである「地球を救う」ためのビジネスにもなっているかということをとても大切にしています。製品の製造方法を可能な限り環境に悪影響を及ばさないものにすることはもちろんですが、原材料の調達や製品の製造においては「フェアトレード」にも取り組んでいます。またお客様にも問題の背景を理解いただき、解決策の一部になっていただくために、購入を検討されている商品は本当に必要なものか、既にお持ちのもので足りるのではないか、など販売時に我々の理念がメッセージとして伝わるよう努力をしています。
商品を適正価格で取引することなどを通して、人にも環境にも優しいビジネスを目指す「フェアトレード」
(パタゴニアは2014年よりフェアトレードUSAとのパートナーシップを通してフェアトレード認証済み衣類を作っています。)
――ビジネスはお金を稼ぐという面と、実現したいことを実現するための手段という面があるかと思いますが、その両方を追及されているような事業展開ですね。
篠 そうですね、これからも健全なビジネスを存続させるためにも、利益と、環境や地域社会を含むステークホルダーの便益の両方の面を考えて事業運営を行っています。例えば、2011年には「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」という広告を出しました。その背景には洋服が短期間で買って、捨てられるファッション産業の問題を提起するため、お客様にも今から購入しようとしている商品が本当に必要かどうか考えてほしいというメッセージとして発信しました。
2011年11月25日にニューヨーク・タイムス紙に掲載されたパタゴニアの広告
(出典)パタゴニア
さらには当社で製品の修理拠点を整備し、お客様にさらに長く着ていただけるサービスを提供しています。もちろん、まずは耐久性の高い製品を作ることがブランドとしての責任です。アウトドアで使用すれば、転んで破けたり、穴が開いてしまったりというケースはよくあることなので、そうした時には修理してまた着続けることができる。若い世代の方々には物をあまり持たず、古着でも良いと考える方も多くいらっしゃいます。海外店舗では古着を買い取って再販するビジネスが開始され、デンバーの店舗ではスキーウェアのレンタルサービスも始まっています。このようにお客様とのコミュニケーションや新しい消費のあり方を提案していくことに加えて、当社は売り上げの1%は自然保護団体へ寄付しています。
1985年からパタゴニア創業者が進めてきた売り上げの1%を寄付する仕組みを他企業にも広げるために、非営利団体「1% for the Planet」を立ち上げ活動を継続している
また当社は食品のビジネスも開始しました。食品事業に参画することで、工業的手法によって壊れてしまった食の連鎖を回復させ、リジェネラティブ・オーガニック農業を通して土壌の健全性を高め、それによって土壌に貯蔵されるCO2をできるだけ増やしていくことを目指しています。リジェネラティブ・オーガニックの推進を通じたCO2の回収は、リサイクル素材の拡大やエネルギー効率の向上、再生可能エネルギーによってCO2排出の削減とともに、そして「カーボン・ニュートラル」を実現するためのモデルだと考えています。
――農業にも事業を展開されているのですね?
篠 日本では千葉県匝瑳市でソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)に投資をしています。います。この「ソーラーシェアリング」という取組みでは、農家や農地所有者は営農を継続しながら、太陽光発電による売電によって農業以外の収入を増やすことができます。当社はこの電気を施設で購入し、再エネ利用拡大に役立てることができます。まさにこの渋谷ストアでは、2019年4月からこの匝瑳市のソーラーシェアリングの発電した電気を使用しています。電力の供給についてはみんな電力さんにご協力頂き、ソーラーシェアリングの電気で賄いきれない使用量の部分については同社が調達する再エネ由来の電気の供給を受け、再エネ発電所にほぼ100%由来する電気によって店舗運営を実現しています。 太陽光パネルの下の営農については、事業パートナーである市民エネルギーちば、Three Little Birdが大豆の有機栽培を行っていて、リジェネラティブ・オーガニック農業についても会話を持っています。
農地の上で太陽光発電(※写真は別施設のもの)
(出典)パタゴニア日本支社・2019年5月16日プレスリリース
――渋谷ストアさんだけでも、再エネの活用や省エネ、プラスチックごみの削減まで様々取組まれていますが、お客様とのコミュニケーションの中ではどういった取組みが伝わりやすいでしょうか?
中村 渋谷ストアのお客様には若い方が多く、夏には1日で50枚ほどのTシャツが売れていきます。実はそのTシャツの素材は、製品化されることなく捨てられていくコットン生地の端切れを利用したリサイクル・コットンと、ペットボトル由来のリサイクル・ポリエステルを、50:50の割合でブレンドした生地で作られています。忙しい時にはなかなか全ての方に説明できないのですが、Tシャツの裏に書かれたメッセージをお見せするなど、可能な限り作られた経緯を説明しています。こういった製品を選んで頂けることが、そうではないものを選ぶよりも環境への負荷をなるべく抑えることができるので、我々スタッフとしても自信を持ってお客様に製品を勧めることができます。
またこのTシャツはフェアトレード・サーティファイド縫製を採用しています。これは、売上に対して縫製工場の労働組合に直接ボーナスが支払われる仕組みです。環境負荷を抑えつつ、社会貢献ができるということもなるべくお伝えしています。こうしたことをお客様にお伝えすると、お客様のコミュニティの中で広がり、そうしてパタゴニアの取組みを知って頂くことでファンになってくださる方もいらっしゃいます
――実際に店舗で買い物をする中でもお客様に勧めているアクションなどはありますか。
中村 お持ち帰り袋が8月で廃止になります(取材実施は2020年3月)。まずはご購入頂くにあたり店舗でお持ち帰り袋の用意が無いことをお話します。理由をお話しする流れで、普段どんな環境への取組みをしているかといったお話をさせて頂くことも多いですね。当店のスタッフは、太陽光パネルの設置やリジェネラティブ農業を実際に体験している者も多いので、そうした時はすごく話が盛り上がっています。今、特に力を入れてお客様にお勧めしているアクションは、マイバッグの持参や大き目のバッグ・リュックで外出することですね。
時には衣服などを買う事そのものが趣味で、購入後もあまり使用しないというお客様もいらっしゃいます。そんな時は、既に買った物をまずは活用いただくようお勧めする場合もあります。会社が、お客様が本当に必要なものを提供するという考え方をはっきりと示しているので、我々スタッフも迷いなくお客様とコミュニケーションが取れていると感じています。
――お客様や地域とも連携しながら取組みを広げられているのですね。「カーボン・ニュートラル」の実現へ向けて他にもコミュニケーションを促進したい主体はいますか?
篠 先ほど自社のCO2排出の86%が生地生産からの排出とお話しましたが、これに関しては日本支社で直接管理している部分ではありません。実際に生地生産を担っているのは織物工場や縫製工場などのサプライヤーです。米国本社ではこうしたサプライヤーの方々とのコミュニケーションをより強化しながら、エネルギー効率の向上、再生可能エネルギーの利用拡大など排出削減を推進しています。こうした取り組み全体で、2025年にカーボン・ニュートラルを達成することを目指しています。
事業者自らの排出ではないが商品生産のために排出された範囲に関しても削減の責任を負う流れが高まっている
(出典)環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」
また日本支社では、お客様へ製品をお届けするまでの部分を主に管轄しています。これまでお話してきたような店舗運営を始めとして、製品の輸送・配送、そして直営店ではない取引先店舗での販売もあります。当社の営業部門では、パタゴニア製品を販売しているお取引先向けに開催する商製品の展示会で、店舗の契約電力を再生可能エネルギーへ切り替えていただくよう働きかけを行っています。こうしたお取引先は、自社製品のサプライチェーンの排出を考える「スコープ3」と呼ばれる範囲よりもさらに外に位置しますが、展示会のような機会を使ってアプローチすることで既に数社から切り替えに応じていただいています。
中村 周辺地域のつながりの中では、渋谷ストアがソーラーシェアリングの電気に切り替えたことで、再エネに関する勉強会を開いてほしいと要望をいただくこともあります。地域全体で再エネ活用が広がると良いなと思っていますので、非常に嬉しいことです。店舗が切り替えたいと考えていても、テナントとして入っているとビルのオーナーさんたちを巻き込む必要があります。
篠 キャットストリートが再エネ100%になったらインパクトがありますね(笑)
中村 それを目指しながら、今後も地域の一員として協力していきたいと思います。
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