2021年3月現在、地球の平均気温は150年前と比べて約1℃上昇し、それによって台風・豪雨の激甚化や頻発化、熱中症患者の増加、感染症の拡大など人間社会に甚大な影響をもたらしている。地球温暖化を起因とする様々な災厄は、人々の生命や健康を脅かすとともに、大きな経済損失をもたらし、今や世界の経営者や投資家が最も懸念するリスクの一つとして認識されている。
こうした状況の中、世界中の企業が自社の事業で「カーボン・ニュートラル」を実現すべく、取組みを加速度的に展開している。これは温暖化の原因となる温室効果ガス(二酸化炭素(CO2)など)の排出を、森林などによる地球上での吸収量と釣り合う量にまで減らし、排出量を実質的にゼロとすることである。多くの企業が、原料を調達し、工場での生産を行い、商品を配送して、店舗にて販売を行うことで利益を得ているが、そのあらゆる行程においてCO2を排出している。また消費者も、こうして生産された商品を購買し、使用し、廃棄する中でCO2の排出に貢献している。この排出を前提としたモデルから脱却し、原材料調達からエネルギーの使用、そして買い物の仕方まで、これまでとは違った生産と消費のあり方に移り変わろうとしているのである。
商品の生産・消費の全てにわたるCO2排出ポイントのイメージ図。
人々の経済活動のあらゆるシーンでCO2が排出されている。
出典:環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」
今回インタビューを実施したパタゴニアも、そうした事業活動における「カーボン・ニュートラル」を目指している。同社はアメリカに本社を持つアウトドア企業で、日本を含む7カ国にオフィスを構え、世界で70店舗以上の直営店を運営している。
同社は、2018年に気候変動対策に関する新しいイニシアティブ「The Climate Crisis(気候危機)」を発表。2025年までにサプライチェーン全体で脱炭素を実現することを目指しており、既に2020年にはアメリカ国内において再生可能エネルギー(再エネ)100%での事業運営を達成している。また日本においても、パタゴニア東京・渋谷ストアでは自社で投資した千葉県匝瑳市の農地に設置されたソーラーシェリング(営農型太陽光発電)からの供給を受け、年間電力使用量をほぼ賄うなど、テナントで入居する店舗も含めて再エネ由来の電気への切り替えを進めている。ただ、同社の取組みは自社が「カーボン・ニュートラル」になることだけでは終わらない。さらにその後も「会社を成長させながらもカーボン・ポジティブになること、つまり排出量以上の二酸化炭素を大気中から取り除くこと」を目指しているという。
こうした目標を発表するに至った背景や、グローバル全体から各店舗まで様々なレベルでの取組み方法について、パタゴニア日本支社・環境社会部の篠氏、そしてパタゴニア東京・渋谷ストアの中村氏にリアルなお話を伺った。
気候変動に関する目標について同社HPで詳しく記載されている。
「気候危機」の文字が同社の問題意識の強さを物語っている。
出典: パタゴニア公式サイト内「気候危機」
なぜパタゴニアは「気候危機」に立ち向かうのか?
――「The Climate Crisis(気候危機)」の発表に至った経緯についてお聞かせください。
篠 当社は長らく環境問題に取り組んできた歴史があります。1985年からは環境団体を支援するため売上の1%を助成プログラムに投じてきました。その助成先の中には、気候変動に取り組む団体も多くあります。このように気候変動が社会で大きく取りざたされる前から日本の環境団体も含めて活動支援をしてきました。また同時に、製品の生産やオペレーションを通じて環境に与える悪影響を最小限に抑えるための取り組みも進めてきました。しかし、気候危機は悪化しています。
IPCCの1.5度特別報告書が警告している通り、災害のリスクを減少させるためには、政府、企業、NGOを問わず、地球温暖化を1.5℃に抑えるための行動を迅速に起こさなければなりません。2018年12月に変更した「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というミッションを実践するためにも、「The Climate Crisis(気候危機)」であることを表明し、さらなる一歩を踏み出し、気候変動問題に取り組んでいます。
パタゴニア日本支社・環境社会部の篠氏(写真は当センター撮影)
――パタゴニアが最も貢献できる領域が「気候変動」となった原因はなんでしょうか。
篠 当社はこれからもビジネスを存続させることを望んでおり、地球上の全ての生物が絶滅の危機に瀕しているという事実を重く見ています。その中で、自社の事業を通して、エネルギーを消費し、原材料や商品などを輸送した結果CO2を排出しているため、我々自身が直接的に気候変動に影響を与えているという事実が一つ。また、当社がアウトドアブランドとして大事にし、ビジネスの基盤となっている手つかずの自然にも気候変動は影響を与えています。この問題に対して行動を起こすために、当社のビジネス、投資、発言力および想像力を行使しようという強い意思があります。
同社公式サイトでは「衣料業界はたった1年で12億トンもの二酸化炭素を大気に排出し、それは国際線の飛行機と船舶による排出量を合わせたものに相当します」とアパレル業界が気候変動に与えるインパクトを物語る。
出典: パタゴニア公式サイト内「なぜ、リサイクルなのか?」
最初に自社のCO2排出量を定量化するため、グローバル本社で2017年のパタゴニア全体の排出量を算定しました。その結果、年間約14万トンものCO2を排出していること、加えてその86%が商品に使用される生地の生産から排出されていることも分かりました。例えば石油を原料としたポリエステル素材でできた生地を新規で生産することは、原材料の調達段階でCO2を排出してしまいますし、工場での生産時にもエネルギー消費によって多くのCO2が排出されます。このようにどの分野で当社が気候変動対策に対して貢献できるのかが明らかとなりました。将来的には、すべての生地を「リサイクルされた」または「リサイクルできる」素材、もしくは植物由来の素材に代替することを目指しています。また、アパレル用繊維原料、およびパタゴニア プロビジョンズの食材の生産方法としてリジェネラティブ・オーガニックを拡大し、土壌の健全性を回復させ、大気中から二酸化炭素を回収することを目指しています。
ポリエステル繊維やプラスチックといった石油由来製品は生産・使用・廃棄の各過程で
CO2などの温室効果ガスを排出する。
出典:ゼロエミッション東京戦略
実際に2019年には、「スノーライン」というスキーウェアなど、100%リサイクル素材で作られた製品もリリースし、当社の生産量のうち68%(重量ベース)がリサイクル素材で作られた製品となりました。このように石油由来の素材が新規で生産されることを抑えたり、加えて工場・店舗での化石燃料由来のエネルギー使用を減らしたりすることで、CO2の排出を減らすことに成功しました。こうした取組を進めていく中で、2025年に当社の事業全体でカーボン・ニュートラルを達成するという目標を掲げるに至りました。
リサイクル・ポリエステル繊維の使用により、
バージンポリエステル繊維を使用しいた場合に比べてCO2排出が7%減少した。
出典:パタゴニア公式サイト内「リサイクル・ポリエステル」
――店舗・工場等のエネルギー使用面での取り組みはどのように行われているのでしょうか。
篠 そうですね、まずはエネルギー効率を高める、いわゆる省エネを通じて絶対的なエネルギー消費量を削減することが重要だと思います。当社は工場を所有していませんが、そうした契約している工場だけでなく店舗も含めて、あらゆるロケーションで省エネが最初のステップです。事業に必要な建物や素材の調達でもエネルギー効率をいかに高めていくか、が大切です。その上で、電気については再生可能エネルギーに切り替えることが次のステップです。
具体的に全社的なエネルギー削減率の目標を立てて取り組んでいる訳ではありませんが、各店舗が主体となって環境負荷の逓減に取組んでいます。このように店舗単位でサステナビリティに取組むことを、当社では「リテール・サステナビリティ」と呼んでいます。サステナビリティの担当者が各店舗にいて、エネルギーに関しては、店舗単位でエネルギー使用量をモニタリングしながら、自分たちの店舗運営によって削減できるポイントを毎年レビューし、目標設定を行います。この取組みは4年ほど前から始まっており、例えば照明をLEDに取替えることや、お店のリニューアルのタイミングには自然光を有効利用する店舗設計にするなど、各店舗の状況に合わせた取組みにつながっています。
お問い合わせ
普及連携チーム
電話:03-5990-5065 FAX:03-6279-4697